PaypalとFacebook達が次はデジタルグッズ決済の世界標準を作るのか?
先日の記事「Paypal新少額決済サービスMicropaymentsの衝撃とは」では、2010年10月26日に発表されたPaypalの新しい少額決済サービスがいかに強力であるかについて説明しました。
しかし、結論から言えば、その衝撃的ともいえる少額決済サービスの発表は、巨人Paypalが久々に見せる新たな大きな動きの単なる布石でしかなかったのです。
実は、同日に発表されたPaypalの新サービスは5つであり、このMicropaymentsはもう一つの別のサービスのための新料金体系に過ぎません。
それが「Paypal for Digital Goods」です。あえて利便性を考慮し、ここでは日本語で「Paypalのデジタルグッズ決済」とさせていただくことにします。
Paypalのデジタルグッズ決済とは?
このデジタルグッズ決済を、同日サンフランシスコにて行われたInnovate 2010にて、Paypalが行った発表に基づいて一文にまとめるとこうなります。
「Paypalのデジタルグッズ決済とは、ゲームや動画、ニュース、音楽などを含むあらゆるデジタル体験の最中に、その場を離れることなく、たった2クリックだけでそれらデジタルコンテンツを購入できる決済ソリューションです。」
これはどういうことなのでしょうか?
既存のPaypal決済との比較
まずは、既存のPaypalチェックアウトと、この新しいデジタルグッズ決済の手順をチャートで比較してみましょう。それがこの新しい決済手順についての理解への最短ルートです。
そのために、とある映画ストリーミング放送サイトで、プレビューを見終わった際にその映画が気に入って、全編を購入するという場面を想定してみます。
通常のPaypalチェックアウトでは、昔ながらのパラメーターの引き継ぎで、必ずPaypalのサイトへ移行してから、支払い処理を大ないます。支払いが確定すれば、また元の映画サイトにパラメーターが引き継がれたままで戻ってきて、そして映画の再生へと移るわけです。
ここでは、情報などの入力を含めてユーザーのアクションとし、クリックだけではなく、サイト遷移の待ち時間も1アクションとして、映画再生までのアクション数を計算してみます。すると、通常のPaypalチェックアウトでは合計7アクションとなります。
次に、デジタルグッズにおける支払い手順ですが、これはPaypal社があえて「たった2クリックで」という表現をしていることから私がその流れを推測したものです。
Paypalへのログインは必須でしょうから、2クリックで済ませるためには確認作業をログインと同時に行う必要があります。通常の決済では支払い確認を別途行わないことのリスクが伴いますが、デジタルコンテンツは比較的単価の少ない少額決済をメインとするでしょうから、そのリスクも必然的に小さくなり、その確認作業がログインと一度に行われるものと推測しています。
ついでにもう一つの予想ですが、この少額デジタルグッズ決済では、あらかじめPaypalアカウントの所有が前提であり、未登録のユーザーへのクレジットカードを個別には行わないのではないかと考えています。それは、Paypal Website Payment Proの例外を除いては、本来Paypalのページでカード番号を入力させなければならないというVISAやMaster Cardのルールに準拠するためです。
話を戻しますと、このデジタルグッズ決済では、Paypalのサイトへ遷移することなく、Ajaxによる小さなウインドウ上で完結すると予想されますから、実際にはPaypalが謳う2「たったクリック」を含む3アクションで決済が完了すると考えられます。
すると、もしこの予想が正しいとすれば、従来であれば7アクションであった手順が、4手順も少ない3アクションで完結することになります。
言い換えれば、映画を買おうと欲求が発生してから、実際にお金を払って見るまでの手順が、従来の半分で済んでしまうわけです。
これは、今までの「ユーザー認証を必要とするサードパーティーの決済サービスを使用する」という条件下ではあり得ない手数です。
当然のことながら、サードパーティーの決済システムにAPI経由でつなぎ込んだ場合であれば、同様の手順でも決済が可能でしょうが、Paypalの場合はユーザーにログインさせることがほとんどの場合に前提でとなりますから、この手順の簡素化はPaypalにとっても大きな進歩でしょう。
手順軽減の利点とは?
特に、Eコマースにおいては、画面の遷移がボトルネックになりますが、それを撤廃できることが何よりもの利点となります。
通常、遷移やクリックなどのアクションが増えれば増えるほど、かけ算でコンバージョン(購入成功率)が下がっていきますから、この手順軽減はPaypalとマーチャントとの両方にとって収益性の向上というプラスの効果をもたらします。
もし、仮にではありますが、たとえば1手順で購入しようとしているユーザーの2%がドロップして購入をあきらめているとすれば、8%程度の機会損失を回復できることになります。
また、販売されるのは少額のものが前提でしょうから、手順における障壁をできる限り取り除くことによって、心理的な障壁も同時に下がり、さらなる購入率の向上が目指せるでしょう。ただでさえPaypalを利用した購入は簡単にできてしまい、(自分もそうなのですが)消費の感覚を鈍らせてしまいますから、ますますそれが加速すると思われます。
また、少額の決済にもかかわらず何度も何度も支払いの確認をさせられるのは面倒でしょうから、一般消費者にとっても手間の軽減は一つの利点と言えるでしょう。
「デジタル体験の最中に決済」とは?
このように、画面の遷移を撤廃し、できる限りの最低手順で決済ができるようになったPayPalデジタルグッズ決済では、今までにできなかったことが実現できるようになります。
それを、PayPal自身は「デジタル体験の最中に決済」と表現していますが、それはどのようなことを意味するのでしょうか?たとえばこんな体験を表しています。
「映画を見ている途中に、ここから先を見るのは200円です、と表示されたので、Paypalで購入をクリックしてログインしたら続きが再生され始めた。」
「新聞サイトを読んでいたら、記事が途中で切れいてた。続きを読むにはPaypalで50円を支払ってくださいと書いてあったので、クリックしてログインしたら記事の全文が表示された。」
デジタルグッズを販売するサイト自体もが、このデジタルグッズ決済に特化した構成にすることにより、それらデジタルグッズを販売するマーチャントは、自分のサイトからトラフィックを漏らしたり失ったりすことなしに、シームレスにPaypal経由で決済を行い、即座に有料コンテンツを消費者に提供できるのです。これによる収益性の向上は馬鹿になりません。コンテンツ販売の機会損失が大幅に減少するからです。
ユーザーにとっても、すべての行動が、まるでiTunesで視聴した曲を1クリックで購入するかのごとくシームレスに完結し、ストレスなしにコンテンツを購入することができます。
あれ?ちょっと待ってくださいよ?
今自分でも言いましたように、これって、別に新しいことではなく、iTunesやAmazonだってやってる、今ではもう普通の事じゃないのでしょうか?
手順化されたデジタルグッズ決済
当然のことながら、AppleやAmazonといった大企業は、自社の決済インフラとノウハウを駆使して同様のサービスを提供していますが、いくら大企業と言えどもこのようなシームレスな決済手順を、低コストで実現することは困難です。
ところが、その決済インフラをPayPalがすべて担うことによって、今までにない低コストと短工期で同様のシームレスなデジタルコンテンツ販売が実現できるのです。
さらに、Paypalにはすでに億単位のユーザーが登録しており、マーチャントにとっては新たに支払い情報を入力させるよりも遙かに高い効率でユーザーを購入の完了地点まで誘導できます。
すべてがPayPalという仕様で手順化されたこのデジタルグッズ決済は、自社で時間と金をかけて用意する決済インフラよりもよほど効率がよいものなのです。
では、いったいこれを誰が使うというのでしょうか?
巨人Facebookが一番乗り
すでに、なんとFacebookがパートナーとしてこのPayPalのデジタルグッズ決済の導入を発表しています。
2010年2月に、Facebook内の決済手段としてPaypalが追加されてから半年以上がたちましたが、Facebookではポイント販売などでその恩恵を受けているようです。
さらに、ソーシャルゲームの決済のうち実に半分はPayPalによるものであるというデータまでありますから、Facebookのユーザー層との重なりを考えれば、これほどFacebookにとって便利なものはありません。
そのFacebookがこのPayPalの新デジタルグッズ決済をいち早く採用するとはどういうことなのでしょうか?
それは、この新決済を利用した手順が、インターネット上でほぼ標準になってしまうと言うことです。どちらも億単位のユーザーを抱える巨人が手を組み、デジタルグッズ販売における、ユーザー体験のスタンダードを築こうとしているわけです。
また、皆様ご存じのUstreamも手を上げています。
このようなソーシャル・メディア界の巨人達がタッグを組むことによって、ユーザーのデジタルグッズ購入における「購入体験」をも標準化しようとしているわけです。
PayPalの新たな動き
皆様、よく考えてみてください。PayPalはほぼ始まってと同時にプラットフォームとして機能し始めてから、プラットフォームとして成長し、万人が使える標準の決済プラットフォームのポジションのまま独走してきました。
それ以来、PayPalはマーチャント層とユーザー層を同時に世界中に広め、今や億単位のユーザーを抱えているわけです。
それは、インターネット業界がWeb 2.0やソーシャルという言葉に踊らされている間も変わらずずっと成長し続け、常にプラットフォームであったわけです。
標準である故に、企業が肥大化し、ここ何年もその動きの枝葉はみえるものの、その他の波に乗って目立った違う動きを見せることはありませんでした。というよりかは、そんなことをしなくとも成長をし続け、一番であり続けることができたでしょう。
実際、PayPalの決済ページも何年もほとんど進歩せずじまいでした。
ところがここ最近、その動きが一気に加速しているのです。
決済ページもより洗練されたものに変わりました。そしてPayPalのサービス自体が、よりソーシャル化された消費行動にマッチするものに進化し始めました。
その進化ために、PayPalがずっと守ってきた、(というよりはPaypal Website Payment Proのようなほんの一部でしか)あきらめてこなかった、マーチャント側における完結型の利用を一気に解放し、促進し始めて来たのです。
これは、従来のいわゆる企業向けの決済サービスにとっては脅威です。
なぜなら、PayPalが、消費者の支払い行動の軸足を、PayPal自身のサイトからマーチャントのサイトへ移行することを許容し始めれば、競合にとっては決済手数料から、ユーザーベース、支払い手順の短さと、それのどれをとってもPayPalに対抗することが難しいからです。
そこに、Facebookといったような巨大な時の人が加われば、本当にもう「デジタルグッズ購入手順の標準」となる日は近いでしょう。
日本への包囲網
先日の記事「Paypal新少額決済サービスMicropaymentsの衝撃とは」や「Paypalは実はまだ日本に『来ていない』 – その根拠と裏事情とは」でも書きましたが、PayPalは何度も膝をつきながらも着実に日本市場を攻め、徐々に浸透してきています。
たとえ、PayPalの日本における対マーチャント営業と普及が遅れているとしても、このようなソーシャルの流れに乗った形で日本市場に流入してきた際には、もう止めようがありません。
日本でも普及が進んでいるFacebookやUstreamのようなサービスと連動し、デジタルグッズ購入手順のスタンダードとしてPayPalが日本人ユーザーにも認知し始められれば、マーチャントよりも先に消費者間での認知度が上がり、次に小中マーチャントでの普及が加速し、果てには大企業でも採用せざるを得ない状況になるに違いありません。
まさに、これが「下から上」という本来のインターネット・ビジネスの普及方向であり、ちょうど20年ほどしてまたその流れが「ソーシャル」という名の下にやってきています。それが、ユーザーのSNSのようなコミュニケーションツールという新しい分野だけであるならまだしも、たいていの国では比較的保守的である金融サービスといったような分野にも押し寄せてくるとすれば、いろんな部分で高波に押し流されてしまう部分が出てくるでしょう。
実際、PayPalが用意している武器はMicropaymentsやこのデジタルグッズ決済だけではありません。この戦略に基づいた、5つのうちの3つめの武器については、次の記事でまた取り上げたいと思います。
皆様のご意見を、twitterやFacebookのファンページ、そしてコメント欄にてお待ちしております。
これっていろんな可能性と、他の決済機関への影響も考えられますよね。
企業にとっては大きい事でしょう。