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Google+、Facebook、twitterをユーザーの人間関係から比較する

Google+、Facebook、twitterをユーザーの人間関係から比較する

Google+

ユーザーの人間関係の比較

「友達」、「フォロワー」、「サークル」。 その3つには、その単純な単語から直感的に理解できること以上に大きな違いがあります。それらを個別に見ていきましょう。

前章のとおり、ここでも付加機能として提供されているtwitterやFacebookのリスト機能やグループ機能は考慮せず、あくまでも基本機能によってサービスの根幹として存在する人間関係を比較します。

Facebookは井戸端会議

Facebookは、基本的に相思相愛の世界です。 すなわち、あなたと、その相手が友達であると認めて初めて「友達関係」が成立します。

ところが、その密接で堅い関係性には大きな罠があります。たとえば、自分が「会社」と「友達」という違う2つの人間関係をもっていても、Facebook上ではまず「友達」という一元的な一つの関係にまとめられてしまいます。

先述の通りリスト機能を駆使すれば別ですが、基本Facebookの友達関係は一元管理であり、通常の発言はそのどちらかの関係に特化したものに絞るか、発言を控えるかしなければ、現実社会の人間関係に悪影響をもたらすことがあります。

その極例として私がとある人物から聞いた話では、彼のウォール上に現在法廷で係争している二人が同時に現れているという現象がありました。

Facebookのユーザー間関係は、実名制度であることからもそのほかのどのSNSよりも濃密なものですが、関係の一元管理がそういった矛盾を生み出しています。

Facebookでの人間関係の実例

ここで、Facebookにおける人間関係の実例を見てみましょう。

マイコーは、テイラーとも友達であり、チャーリーとも友達です。

しかし、チャーリーはテイラーに友達申請を出しているものの、テイラーはチャーリーとは一度面識があるだけで、印象が悪いという理由から友達申請は却下しました。

Facebookでの通常のプライバシー設定では、「友達の友達まで」への公開が標準となっています。これはどういうことかというと、もしマイコーがテイラーのウォールに投稿した場合や、テイラーがマイコーのウォールに投稿した場合に、テイラーがチャーリーをブロックしていない限りはその旨がチャーリーに知られてしまうのです。

簡単に言えば、あなたの友達である二人は、彼らが友達同士であるとは限らないのにもかかわらず、その二人は互いの発言や行動が見えてしまうと言う事です。

実際、旧友との再会に感動を覚えたり、友人からのフィードバックを楽しんだりと密接な人間関係の利点を享受しつつも、そろそろ日本でもFacebook上での人間関係に窮屈さと不快さを感じ始めている方も増えているのではないでしょうか?

基本的には簡単に使えて、密接な人間関係において今までにないコミュニティへの従属感を感じられながらも、人数が増えてくると一元的な人間関係がどんどん気まずくなってしまう「井戸端会議」のような人間関係、それがFacebookです。

twitterはつぶやきと立ち聞き

twitterは、気に入れば相手を「フォロー」して話を勝手に聞ける立ち聞きサービスです。聞きたくなればその相手を「フォロー」し、聞きたくなくなればその相手を「アンフォロー」するだけです。

話す方は、当然ある程度のオーディエンスを把握することはできるものの、基本的には自分の独り言を世の中に放つ、まさに「つぶやき」の世界です。

文字数は制限されるものの、どちらかと言えば不特定対数に向けて情報を放つという面ではブログに近い物があります。それ故にかつてはマイクロブログというカテゴリーにくくられていました。

しかし、その奔放で一方向なフォローの仕組みが、独特な「ゆるい関係」を構築し、擬似的に双方向であるかのように感じることができることから、影響力のある著名人や企業の情報発信源にぴったりな場所となりました。

twitterにおける責任感が薄く気軽で「ゆるい関係」は、良くも悪くもtwitterを人間特徴付ける大きなポイントとなっています。

余談ですが、日本ではFacebookより先にtwitterが流行ってしまい、Facebookを同じ感覚で使う人が多いという問題が発生しています。無差別な友達承認は、重大なセキュリティーホールになり得るのにもかかわらずです。Facebookは様々な様々なセキュリティ認証にも友人関係を活用しているからです。

実際、Facebookでは実際の友人以外への友達リクエストとその承認を規約で禁じており、その違反によるアカウントの削除も実際に行われていますので注意しましょう。

twitterでの人間関係の実例

では、twitterにおける人間関係の実例を見てみましょう。

マイコーとテイラーは互いにフォローし合っており、マイコーとチャーリーも同様にフォローし合っています。しかし、チャーリーはテイラーをフォローしているもののテイラーはチャーリーに興味がないためフォローしていません。

普段それぞれがおのおの勝手につぶやいていますが、テイラーのタイムラインにはチャーリーの発言は一切表示されません。

ところが、テイラーはチャーリーが自分をフォローしていることは確認出来るものの、普段はそのことを意識しておらず、チャーリーがすべて自分の発言を見ていることも忘れてしまっています。

チャーリーはマイコーとテイラーとの両方をフォローしているため、マイコーとテイラーが@メンションで会話をしていてもすべて自分のタイムラインに表示されていますが、テイラーはチャーリーをフォローしていないため、タイムラインにはマイコーとチャーリーの@メンションによる会話は表示されません。

twitterの仕組み上ツイートはすべて公開が前提ですので当然と言えば当然なのですが、テイラーは意識をしていない限りは、マイコーとチャーリーの会話を見ることがありません。またそれだけではなく、テイラーはチャーリーを好む好まないにかかわらず、自分とマイコーとの会話を含め、すべてチャーリーに見られてしまっていると言う事です。

この、基本的に聞く側の一方的な権利主張を実現したのがtwitterの「フォロー」という仕組みです。

話す側は基本的には全部公開ですから、誰に立ち聞きされていても文句は言えないということです。

このtwitterでの「フォロー」によって成り立つ人間関係は、話す側は自由に発言をツイートとして解き放ち、あとはフォロワーが「好きな時に聞く」権利を行使するタイミングと一致するかどうかという、良くも悪くも極めて気楽で緩い「つぶやきと立ち聞き」の人間関係なのです。

Google+は話し手と聞き手のマッチング

「サークル」が「非対称」、「タグ付け」なのは前提

最近、Google+での人間関係を語る際に日本の記事でも「非対称」という言葉を目にします。

「非対称」とは、Google+での人間関係が、Facebookのようにお互いの同意の下で成立する「対象」的な関係ではなく、一方的に他人をタグ付けする「非対称」なものである、という点から来ています。そういう意味ではtwitterのフォローも非対称な関係の一つとなります。

当然のことながらその「非対称」であるフォローの仕組みは誰にでも一目瞭然なのですが、そこで話を終わらせてしまうとGoogle+の「サークル」機能についての魅力が半減どころか激減してしまいます。

先述の通り、この「サークル」という名称は、そのフレーズのフレンドリーさ故に、重要なポイントを見逃してしまいがちなのです。

ポイントは「サークル外から」

「サークル」は一見単なるユーザーのグルーピングと思われますが、実際にはこれはGmailのラベルと同様ユーザーのタグ付け機能です。

ところが実際は、ある見逃しがちなフレーズが「サークル」機能の更なる奥深さを物語っていました。 それが、「サークル外から」という機能です。

これは、日本語訳の苦労が読み取れるフレーズですが、残念ながら日本語という言語の特徴から、この「サークル外から」という言葉がその意味を半減してしまっています。実は、スマートフォン版のアプリをご利用の方はお気づきでしょうが、英語版では「サークル外から」が「Incoming」となっています。

その「サークル外から」については後ほど詳しく説明しますので、まずは「サークル外から」がどういうものかを説明します。

「サークル外から」とは、ずばり「あなたがサークルに入れていないにもかかわらず、あなたのことをサークルに入れているユーザーの投稿一覧」です。

すなわち、最初にあなたに関心を持っているにもかかわらず、あなたがまだ関心を持っていないユーザーとその投稿の一覧だということです。そして、Google+ではそのような人たちの発言を「まず見てみる」ことが可能なのです。

(「サークル外から」ストリームはその役目を果たして2012年1月12日に提供が終了されました。詳しくはこちらへ。)

「サークル」=互いの権利のマッチング

この、「あなたに関心を持つ、あなたがまだ知らない人の発言を見てみる」という行為を可能にするのが、Google+が初めて実現した「話し手と聞き手のマッチング」機能である「サークル」なのです。

twitterでは、単にあなたが興味があるという一方的な「聞きたい」権利の主張だけで、相手の「あなたに対して話したい」権利は無視され、いわゆる「一般に向けて話しているつぶやきを立ち聞きする」関係が基本でした。

また、Facebookでは、あなたと相手の間で、「話し合いたい」という合意の元でしか関係が築けなかったのです。

ところが、Google+では、「サークル」という機能で他のユーザーをタグ付けすることによって、「この人に向けては話したい」という権利と、「この人の話は聞きたい」という権利の二つを個別に主張できるようになったのです。 これは、同時に他のユーザーが持つそれら2つの権利を尊重することとなり、その結果、実に現実社会における人間関係に近い関係が築ける仕組みに仕上がっているという訳です。

人間というものは勝手なもので、気分よって話したい相手が変わり、相手によって話したい内容が変わる生き物です。さらには「昨日の敵は今日の友」とも言われるとおり、相手に対して自分が思う関係性がその日毎にころころと変化していきます。

それらの本能的な欲求は、twitterの一方的な権利主張の仕組みや、Facebookの双方合意による「契約」の仕組みでは、ユーザーにストレスと矛盾を感じさせてしまいます。 それが、Google+であれば、いくら相手があなたを話す対象のサークルに入れていても、あなたがその相手を聞く対象のサークルに入れていなければ、どのSNSにも搭載されているメンションやメッセージという相手を自発的に指名する機能に対して注意を払わない限りは、あなたがその人物の話を聞く必要はありません。

このGoogle+の「サークル」の仕組みは、まさに常に各ユーザーが「主語」となる「能動的」な関係の集合体であり、それはある意味「受動的」な立場を一部強制されるtwitterやFacebookでは基本的に実現できないリアルで自然な人間関係です。

更に、これだけでは終わらないのがGoogle+です。

「サークル」の使い分け=人格の使い分け

Google+では当然のことながら複数の「サークル」が作成できます。

すなわち、時と場合により「聞きたい対象」と「話を聞かせても良い対象」を自在に切り替えることができるわけです。これもまた、実に身勝手な人間の現実社会に近いものがあるのではないでしょうか?

たとえば自分が実生活2つのグループに属していて、それぞれのグループには、本来なじまないタイプの友人が別れて所属しているということが多々あります。 自分はそれぞれのグループ内で違う人格やキャラクターを形成しており、そのキャラクターはそれぞれのグループ内にとどめておきたいはずです。 この場合、Google+の「サークル」機能では、それぞれのグループでのキャラクターを現実社会と変えることなく使い分けることができるわけです。

もし、これがFacebookであれば、複雑な友達リスト機能を駆使して発言せねばなりませんし、発言後の確認や管理も困難です。twitterでは聞く側の勝手な主張はリスト機能で実現できますが、発言する相手は「一人」もしくは「全員」しか選択肢がありません。 Google+では、その切り替えが常に直感的にできるように作られています。

「堅い関係」と「緩い関係」の共存

Google+では、この複数作成できる「サークル」機能のおかげで、Facebookでは一元的でガチガチに堅く、twitterでは一元的で緩かった人間関係を、多元的な「堅い関係」と「緩い関係」の集合体として扱えるのです。

しかも、タグの概念でできている「サークル」では、相手との関係が変化する毎に、「緩い関係」と「堅い関係」の間を最低2クリックで行き来させることが可能です。対象となるユーザーにカーソルを合わせ、「緩い関係のサークル」のチェックを外し、「堅い関係のサークル」にチェックを入れるだけです。

どちらか決めかねる場合は、まず両方に入れておいて、後に違和感がある方を外すこともできるわけです。

自然な知り合い方を実現する「サークル」

さて、先述の「サークル外から(Incoming)」に再び注目してみましょう。

英語文化では、電話で会話をしていて、「Ok、あなたのところに行くよ!」という場合に、「Ok, I’m coming.」と表現します。擬似的に自分が相手の場所に移動していく様を相手のポジションでイメージいるわけです。まさに自分は電話の向こうで話してるというわけですね。

「サークル外から」は、あくまでも相手の「あなたを対象として話したい」と配信した発言の起点を指すだけの言葉です。

先ほどの「coming」イメージをここにあてはめると、「Incoming」という言葉は、「あなたを対象として話したい」と配信された発言が、主語として能動的にあなたに向かって飛んで来ている様を表しています。 それを現実社会に当てはめると、先ほどの「あなたが知らない、あなたに興味を持って発言している人の発言ストリーム」となるわけです。

これにより「サークル」は、あなたが先に関心を持って相手をサークルに入れてタグ付けするだけではなく、あなたに先に興味を持ったユーザーが先に「サークルに入れる」というアプローチをして、そしてあなたがそれ対して耳を傾けるというごく自然な行為を実現するツールに仕上がっているのです。まさに、普段皆さんが他の人と知り合うパターンに近いのではないでしょうか?

このパターンと、先ほどの「緩い関係」から「堅い関係」への移行パターンと組み合わせて見てみますと、Google+のサークルはまさに「知り合う」時点から、自然な人間関係を形成するまでを段階的に模倣できる仕組みだというわけです。

相手には見えない自分のサークル分類

また、サークル機能の大きな特徴の一つとして、相手にはあなたがどのサークルに入れているのかが見えないという点が挙げられます。

要するに、相手はあなたがサークルに入れていることはわかっても、あなたにとっての「友達」なのか、「知人」なのか、はたまた「要注意人物」なのか、どのサークルに入れられているかはわからないと言う事です。

ただし、特定のサークル向けに投稿した場合、相手にはその投稿が他のどのユーザーに対して共有されたかは見えますから、そこからどのようなサークルに入れられているかは推測できてしまいます。

あなたは、相手があなたを知っていることはわかるが、相手があなたをどう思っているかは心が読めない。 これもまた、Google+での関係がリアルな人間関係に近いポイントの一つではないでしょうか?

Google+での人間関係の実例

では、Google+における人間関係の実例を見てみましょう。

マイコーは、テイラーとチャーリーをサークルに入れています。また、基本的にマイコーは「一般公開」として話しているため、その発言は他の二人にはとどきます。

テイラーは、マイコーをサークルに入れていますが、チャーリーについては快く思っていないのでどのサークルにも入れていません。そして、普段の発言は、自分の知り合いサークルだけに限定して投稿しています。ですから、テイラーの発言はマイコーだけに届きます。

チャーリーは、マイコーとテイラーをサークルに入れています。しかし、発言する際にはマイコーを無視し、テイラー宛ばかりに発言しています。

ここでは、基本的に話す側と聞く側のマッチングが成立した場合にだけ聞く側のストリームに発言が表示されます。すなわち、チャーリーがいくらテイラー宛に発言を繰り返していても、テイラーのストリームにはその発言が現れないのです。(ちなみに、当然相手側に意図的に通知を送ることはできます。)

また、チャーリーはつねにテイラー宛にだけ発言を繰り返しているので、いくらマイコーがチャーリーをサークルに入れていても、チャーリーの発言はいつまでたってもマイコーのストリームにも現れないと言う事です。

そして、この図をよく見てみると・・・ そうです。実はチャーリーの発言は誰のストリームにも現れていないと言う事になるのです。

すなわちGoogle+では、現実社会と同様にこういった「仲間はずれ」な状況が成立したり、自分が知らないうちに周りで自分の話がされている「陰口」が成立したりする暗い一面も持ち合わせています。

Google+の快適さの最大要因

私は、この「サークル」という、自分本位な人間社会に近い関係を自然に且つ段階的に築いていける仕組みが、「なぜかGoogle+が快適だ」とおっしゃる方がそう感じる最大の要因なのではないかと考えています。

Facebookのように強制される一元的な人間関係でもなく、twitterのような聞く側の権利だけをベースにした一方的な人間関係でもなく、「話す相手を選ぶ権利」と「聞く相手を選ぶ権利」をダイナミックに且つ直感的に操作できるのが「サークル機能」の最大の特徴なのではないでしょうか。

先述の通り、もともと人間関係自体が自分を主体とした能動的な相手に対する認識の集合体であり、Facebookのような強制的な相互関係でもなく、twitterのように一方的な受け身の関係だけで成立する物でもありません。 Google+では、そういった能動的な相手への認識をごく自然にそして直感的に取り扱えることが、ユーザーの心理的なストレスを大きく軽減していると考えています。

そんなGoogle+であっても、自分が好まないユーザーのコメントが自分がサークルに入れているユーザーの投稿にコメントしてくることがあるなど、そこで形成される人間関係にマイナス要素がないわけではありませんが、3つの内では使いようによっては一番現実味のある人間関係が構成できると言って良いのではないでしょうか。

サービスコンセプトの比較

以上で、一通り3つのサービスの違いを「生い立ち」、「情報提供スタイル」、「人間関係」という大きなポイントから比較してきました。ここで再びそれら3つのポイントを加味して、それぞれのコンセプトをまとめ直してみると、このようになります。

Facebookは「あなたの人生に関わる人とつながり、今頭に浮かんでいることを友達全員と自分のウォールに掲示して共有するためのサービス」

Twitterは「あなたに興味を持って立ち聞きしたい人たちのタイムラインに向けて、周りの出来事をその場で気楽につぶやくためのサービス」

Google+は「あたかも実生活で共有しているかのように感じながら、その都度話す側(自分)と聞く側(相手)の権利がマッチしている場合にのみ、その相手のストリームに向けて周りの出来事を気軽に共有できるサービス」

さて、このことを頭に置いておいて、ここからはもう少し掘り下げたポイントでそれぞれを比較していきます。

第5章: Google+、Facebook、twitterを情報ソースとリアクションのユーザーベースで比較する」に続く

 

今後もGoogle+最新情報を配信しますのでもしよろしければ是非Google+で私をフォローしてみてください。

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また、他のGoogle+関連記事はこちらからお読みいただけます。

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Written by 朝山 貴生

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